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自分を知るということ【雑記】

ふるめたです。今回は遊戯王とはちょっと離れた日記でも。


【自分とは一体何なんだろう?】
一度は誰でも(厨二病の人は特にかなw)、こんな事を考えたことはないでしょうか?


本格的な話に入る前に、少し僕の身の上話をさせて下さい。


僕の地元は言うなれば「田舎」です。
周りの皆も同じような学校に行って、同じような勉強をし、
同じようなメンバーでワイワイガヤガヤ。


自分の将来の事を深く考えもせず、
周りにあわせてずっと生きていました。


かといって、その中で自分が「ただ怠惰に生きていた」
という訳じゃありません。


この頃からつい最近まで「将来はマンガ家になりたい!」と思ってもいましたし、
勉強も「自分は周りよりすごい」と思いたいからこそ
ある程度頑張ってもいました。


でも「ただ思っていた」だけだったんですよね。
いや、もしかすると「周りが助けてくれるかも。何とかなるかも」
という甘い考えがあったのかもしれません。


やるべき事(宿題・授業)を与えられる。
そしてそれを優秀な成績でクリアする。
すると、RPGのように最終目的地に自動的にたどり着ける。
そう思っていました。


その考えが打ち砕かれたのは、高校3年の受験シーズンの時。
「京都精華大学にマンガコースが設立された」年です。


『大学でマンガが学べるなんて!』


そりゃもう嬉しくて、すぐに受験しました。




結果は、合格ラインに対して半分以下の点数。
倍率は21倍。


そうです。恥ずかしながら、そこで知ったんです。
【ただ言われる事をやっていただけでは、目的は達成できない】
という事を。


求められるのは、学校で勉強した内容とはほぼ無縁の内容。
デッサン、構成力、基礎知識…


インターネットも無く閉鎖空間で過ごしてきた自分と、
色んな刺激の元で「昔から選択をし、行動してきた人」とでは
スタートラインが違いすぎました。


今まで周りにあわせ、無難に生きることを選び続けており、



マンガ関係で僕が一番嫌いな言葉があります。
『今まで投稿もした事がないのに、その年じゃ無理だよ。』
思えば、「それでもやる気があるのなら頑張って描いてこい」
という励ましだったのでしょう。
こんな言葉一つで落ち込んでいるようでは、どのみちこの業界で
飯は食べていけないぞ…と。


この言葉、何が嫌いかというと
「チャンスがあったのに、やらなかった君が悪い」という
こういう言い方に聞こえるからなんです。


同じスタートライン、同じ環境、
そしてその人の価値観の中では「その年で投稿は【当たり前】」と
思うのかもしれません。


ですが、そんな選択肢がある事に「気づけなかった人」もいれば
年をとってからその良さに気づいた人も勿論いるんです。


まぁ厳しいところを言えば、「読者にはそんな事関係ない」訳で。
内面まで理解してもらおうとするのは、
僕の場合「その作品に自分を反映できない未熟さ故の逃げ道」
だったのでしょうね。


さて、話を元に戻します。
前述した【選択肢がある事に「気づけない」】という点です。


色んな問題に直面したとき、人は自分の持っている知識の範囲内で
問題を解決しようと行動します。
そして行動するときは、「その行動によって訪れる未来」を
ある程度想像するわけです。

例えば、「電車に乗り遅れた」→「このままじゃ遅刻する」→「特急使おう」
という判断。
乗り遅れたらどうなるかを知識として持っており、遅刻すると判断します。
で、自分は遅刻したくない。そこで考えた結果、
「特急を使えば解決できる」という選択肢がある事を知り、実行して
問題を解決する。

ただし、この選択肢が必ず成功するとは限りません。
「特急が雪で遅れている」「手持ちのお金が無かった」

こんな風に、思った通りの結果が出るとは限らないですよね。
そうすると、その時にまた考える。
「遅刻することを連絡して謝罪する…」等、出来る限りの対策案を練る訳です。


では、鬱の場合(もとい、僕の場合パニック障害ですが)
どういう考え方をするのか。
通常が「前向きに考えていく」としたら、ひたすら「後向きに考えていく」
これが鬱になった時の僕の考え方でした。

電車の例で言うならば、
「遅刻した」→「特急でも間に合わないかもしれない」
→「もしかすると途中で気分が悪くなって倒れるかも…」
→「倒れたら周りの皆に迷惑をかけてしまう」
→「親や知人に知れ渡り、Twitterにもグチが載せられる」
→「誰もこの辛さを分かってくれない」


と。
実際はもっとひどかったと思いますわw
駅員さんがすごい怖い人だったらどうしよう…とかw


ポイントは、「どうなるか分からない未来を、どこから妥協できるか」でした。


一番のまじないは、「別に死ぬ訳じゃない」です。
でもこう思えば楽なんですが、鬱の時は全然そう思えないんですよ。

なぜか胸が苦しい→心臓に病気があるのでは?→病院で検査→異常なし
→病院では特に苦しくなかったから、潜伏性のある重病では…?
→死ぬかもしれない

こういう風に考えるんです。
この苦しみが永遠に続くのならば、いっそ死んで楽になりたい。
毎日毎日何をするにも恐怖がつきまとい、逃げる道を探していました。


将来永遠に続くと思われた苦しみ。でも28歳になった時、
それを克服することに成功しました。

これを打破したのが、冒頭にも書きました「自分を知る」
という事だったんです。


俺はこのままでいいのか。
こんな人生が望んだ姿だったのか。
この世界で僕は何がしたかったのか。


今まで自分中心だった考え方から、
自分を客観的に見ることを始めました。


例えば、僕の「マンガ家になりたい」という夢ですが、
僕はマンガ家になって何がしたいんだろう?
そう、自分の考えた「最高に面白いマンガ」を伝えて有名になりたい。
じゃあ、有名になりたいのか最高に面白いマンガを書きたいのかどっちが優先?
…そりゃあ、最高に面白いマンガを書きたい。皆に共感してもらいたい。
それならば、別に「有名」じゃなくてもいいよな…。

無論、この考え方は「逃げ」です。
妥協して自分のやっていることを正当化したい。そして今の自分を認めたい。
でも、今までこの考え方で「実際に成功していないなら」変えざるを得ない。
そう思ったんです。

ちょうどそのころ、僕はリーマンショックまっただ中で
品質関係の管理という非常に難しい仕事をしていました。
問題が起こりえる場所は多々あり、それらを一個一個潰している余裕がない。
毎日起こった問題の処理に追われ、また毎日成果に繋がらない仕事をし続ける。

すぐにでもやめたい仕事でしたが、
「僕は極度のめんどくさがり」でもありました。
新しい仕事を探すのもめんどくさいし、それで親から何か言われるのも
うっとおしい。

今の手段でだめならば、他の手段を探せばいい。
元々色んな本を読むのは好きだったので、寝る間を惜しんで
仕事の効率化に関する本や、問題解決手法を学び続けました。


先ほどマンガ家になりたかったという話をしましたが、
まさに「今を変えるためには【考え方を変える】しかない」という点で
ピタリと目的が一致したんです。


今のままじゃいけない。じゃあどんな手段がある?
調べて調べて、そして【選択肢】を増やし続けました。


そうすると、いくら自分がグズでも「前よりは良くなる」もんです。
漫画に関しても、「もしかしたら画力が低くても、ストーリーで面白ければワンチャンあるかも…」
と、将来の夢の可能性を広げ。

「この方法なら仕事が3分早くなるな…1ヶ月で約1時間か…」
と、確実に良くなる方法を見つけて実戦できた喜び。


以前と環境は何も変わっていないんです。
でも、考え方が変わった事で「具体的な事まで見えてきて」
なんとかなりそうな気がしてきた訳です!


一度自信がついたら、嬉しいですね!
鬱になっていたときは「死ぬかもしれない」という結末
が目前にいたものですが、
「死ぬかもしれないけど、まだ絵を書けてる」
「健康診断も問題なかったし、大丈夫」
「例えここで死んだとしても、悔いがないように【毎日充実して生きよう】」

と、ここまで変わることが出来ました。



最近読んだ本で、好きな言葉があります。
●自分の理想とする姿は、今の自分の延長線上でなければならない。


要するに、今の自分がやっていることを続ければ
少なくとも昨日よりは近づける…という接点を持つこと。

そうして後は一つ一つコツコツ対処していけばいい。
まさに、ひたすら「自分を知る」という事を続けていった結果
仕事でも私生活でも、果ては病気でも解決する事が出来たんです。


冒頭に書いた内容です。
・自分とはいったい何なんだろう
 →自分が一番やりたいことや、理想とする事を突き詰める事で
  理解できました。




ポイントは、自分を客観的に見ること。
悲観的になると「最悪のパターン」を想定しますが、
大抵はそこまで悪くなることはほとんどありません。
(自分ではそう思っていなくても、周りから見たらそう見える場合もある)

自分中心では、自分に降りかかる障害すべてが
【自分を邪魔するモノ】という一点でしか見えません。
でも、客観的に見れば
「生きている上でこんな事は当たり前」という考えに到達できます。


最後に、同じく鬱で苦しんだり人生で悩んでいる人へ。


僕が鬱にかかったことがあるからこそ言える事です。
結果はすぐには出ません。
比較的軽微と言われる僕の症状ですら、完治には3年以上かかりました。
そして、当時は絶対に治らないモノだと絶望もしました。
でも、諦めたくなかった。こんな形で人生を終わらせるのだけは絶対に
したくなかった。
例えすべてを失い、明日のメシに困るようになったとしても、
僕は意地でも生きていくという強い意志があった。

ですので、長い戦いになりますが「必ず勝てる」と思うこと。
どんなに辛くてもこの希望だけは無くしちゃだめです。


唐突ですが、
漫画やアニメ、ゲームて色々なキャラクターがいますよね?
そのキャラクターに「感情移入」したことはありますか?
現実で苦しんでいた自分は、その世界に入ることで
ある意味「現実逃避という名の自己防衛」をしていたんでしょう。

僕の好きなキャラやヒーローは、
僕以上の苦しみを味わっていてもなお立ち上がり、そして困難に打ち勝った。


その憧れも、僕の行動を後押ししてくれたんですね。
だから、僕はマンガが大好きで。
そして何より「作品」という創作物を通じて
他人にここまで訴えかける事が出来るそのジャンルに魅了され。
自分が何かを作り、それが人の為になる事を心の底からしたいと思った。


マンガという選択肢一つで縛ることはなく、
色んな選択肢を 自分が出来る限りの中で選択し
周りの意見うんぬんより「自分が納得して自分にうそをつかない生き方を」
していくことが、【自分を知っていく】という事なんじゃないかなと
今は思います。


最後に、もう一つ好きな言葉を。
「現状に文句を言うのは悪い事じゃない。でも、文句を言いながら何も行動しないのは愚かなことだ。」


文句を言い続ける人間は、文句を「言いたいだけ」の人が多い、


ずいぶん長々と語っちゃいました(^^;)
どうしても「言葉にすると」余計なことを言っちゃいますね。


デュエル動画時代、色々な悩みと戦いました。
対人関係や、動画の趣向。
思い通りにいかないことも多々経験しました。


ですが、それらの中には「自分の事を知っていないが為に迷った」という
点もあるはず。


自分の事を知ることは、一見簡単そうに見えますが難しく、
以外に自分のやりたいことがまとまっていない事も多いです。


デッキ構築、動画、私生活。
色々悩み、出口が見えない時は
一度こういう事を振り返ってみてもいいかもしれないですよ^^



以上、雑記でした。
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